2018年8月30日木曜日

Press release: By Indirections Find Directions Out (Japanese)


作家:
パトリシア・ドミンゲス、ラブ・エンクェスト、ガイア・フガッサ、ドミニク・ハウグッド、マリアナ・マグダレーノ、メアリー・ハレル、カルロス・サントス、ジュリア・ヴァレラ

キュレーター:
パウラ・ロペス・ザンブラーノ

日程:2018/08/1- 9/2 10am- 17pm 火—日

オープニング・レセプション:7/29 14- 16pm
メアリー・ハレルによる新作パフォーマンスの上演

ワークショップ:パフォーマンスや音声を用いた作品をメアリー・ハレルと作ります。
予約制・参加費無料
第一回 2018.7.31 9:30- 11:00am Choir Fade「消えゆく合唱」
第二回 2018/8/3 9:30- 11:00am Writing for a silent music「沈黙の音楽のための筆記」


予約・問い合わせは下記の連絡先までお願い致します。
E. info@yamakiwagallery.comT. 025-594-7667


助成:在日メキシコ大使館、グレートブリテン・ササカワ財団

 


概要

本プロジェクトは、キュレーターであるパウラ・ザンブラーノ (メキシコ・英国)による、やまきわ美術館におけるレジデンス、そして彼女による海外作家の作品選別と展示構成からなっています作家:パトリシア・ドミンゲス (チリ) 、ラブ・エンクェスト (スウェーデン) 、ガイア・フガッサ (イタリア) 、ドミニク・ハウグッド (英国) 、マリアナ・マグダレーノ (メキシコ) 、カルロス・サントス (メキシコ) 、ジュリア・ヴァレラ (スペイン)。同時にメアリー・ハレル (南アフリカ・英国) も滞在制作を行い、動作を組み合わせたサイトスペシフィックな作品を発表しました。彼女はパフォーマンス・彫刻的な衣服・音響を用い、時間と空間の模索を行っています。


プロジェクトの理論的な枠組みは、二種類の時間の組みわせからなっています。一つは、アートホテルやまきわ美術館を一時的な非定住者のための施設、あるいは人が短期的に行き来するための場所と捉えて、その条件のもとに規定される時間です。二つ目は、自然、歴史、文化など、越後妻有地域の恒久的・定住的な条件によって形作られる長期の時間属性です。

‘The Shape of Time’ (1962) の中で、ジョージ・キューブラーは美術史における時間の研究方法について考察しています。アメリカ人美術史家にとって、時間とは心と同様に理解し難いものであり、その中で起こる事柄によってのみ、間接的に知り得ることができます。時間を理解するためには、変化と永続の過程を観察することが必要になるのです。ここでまず、歴史的な時間は出来事の直線的な連なりとして捉えられているため、破れや空白の場がそこには生じることとなりますが、最終的にはこれが出来事をつなぐものになります。他方で、生物的な時間は「生命」と呼ばれる間断のない出来事を含んでいます。生命においては、破れや空白はありません。生物的なタイプの時間から見ると、アートは連続段階的な発展を伴う自由なシステムと考えられます。[1]

歴史はこの二つの時間の考え方を規律としているが大きな制約を抱えていると、キューブラーは言います。彼によると、直線的・進歩的な時間と間断のない生物的な時間はともに、アートの読み間違いにつながります。この二つの考えでは、彼が言う「時間における真の間欠性」を説明することはできません。彼は電気力学の用語を用いることを提案し、アートに見られる、エネルギーの多方向な発散現象をより正確に表現しようとします。アートの体験は直線的でも進化的でもなく、時折起こるカオスの爆発をともなう不規則なものです。

By Indirections Find Directions Outはこのような考えに触発されつつ、新潟・十日町市の緑の山々と田んぼの中にある伝統的な日本の農家という文脈の中で、時間の不可知を探るための創造の方略とアートのかたちを、星座のように集めています。そして時間的・地理的な並置状況、すなわち、現代アートの中に現れるアナクロニズムの経験とシンクロニシティの瞬間に視線を注いでいます。これは、アートが内部に持ち、生み出し、私たちに送り出すメッセージとエネルギーの変質や改変に結びついています。時間との直接的・間接的な関係の中で、「もの」や「こと」、場所と身体が形を作り、変形し、成るための、多方向で間欠的な道筋をたどっています。

メアリー・ハレルは、日本のやまきわ美術館におけるレジデンスの成果として、サイトスペシフィックなパフォーマンス‘ちょうを制作しました。舞踏と能という日本の伝統的な演劇、そして日本の歴史と文化における多様な女性性の象徴としての着物のリサーチから、この作品は着想を得ています。衣服と音響は多層化、移動、翻訳、変質の過程、そして自然の要素から発展しました。パフォーマンスはギャラリー内を歩くこととその他の動作からなっていて、内部と外部の層を一つに圧縮しています。彫刻的な衣服、移動するサウンドスケープを通して動作が即時に展開し形を作られるのです。

カルロス・サントスの暗いイメージは、砕かれた黒の大理石、合成繊維、動物の炭、植物の顔料、コンクリートの派生物、ポリウレタン、灰、建築資材の防水材料を使っています。彼の作品の特徴質感、燃焼と切断の痕跡、触覚、強調された物質感、使われている要素の土的な性質です。生と死の諸相、変質、自然とアルケミーについて、作家はここで語っています。同時に、作家の背景にある建築や社会政治についての論説を、可塑的な言語に置き換えています。言い換えると、場所・構造・空間の参照となるものを抜き出し、生の物質、さらにはアートに変換しているのです。

ドローイング作品であるThe Imprint of Strength力の刻印において、マリアナ・マグダレーノは内なるリズムと自然の潜在的な鼓動についての物語を語っています。死に近づくまで17年間地下で過ごすセミの誕生を描き、そのサイクルを生の合間とともに写しています。その他に、昼閉じ夜開く多年草の花、一晩だけ花を咲かせ翌日には死ぬサボテンの花ケレウス、渡り鳥、芋虫から蝶に変化するオオカバマダラ、永遠を象徴する石、繊細で儚い時の経過を表す煙が描かれています。このドローイングは直線的な時間軸に沿っていて始まりと終わりがある物語ですがイメージ内部では多くのことが起こり、幾つもの時間層へと私たちを導き、自然と時間の中で辿ることのできる魔術・霊性・力を主張しています。

ドミニク・ハウグッドによるSacred Source聖なる泉は照明、視覚効果、水のアッサンブラージュです。ハウグッドの作中、様々な形をとる要素は直近の作品Casting Out the Self(自己を映し出す)の中に現れており、デジタルの美とシャーマニズムを探求しています。心理的な領域を探索し、実世界の経験を仮想空間の中に写しています。

パトリシア・ドミンゲスのデジタルコラージュは、作家の夢の中に現れたイメージです。Shapeshifter Lines(変身する線)は先コロンブス時代の文明と大企業が存在する現代社会の複雑な交わりを示唆しています。チリ固有の世界観から大企業の要素やオフィスの辛さなどの出来事への変換を考察しています。例えばここでは、ディアギータ文化の遺物を使って、通勤用のシャツを着た男が背中を擦っています。現在アタカマ砂漠は、石灰を採掘する企業と石炭火力発電会社によって支配された土地となっていて、ドイツのオフィスで締結された契約が、チリの天然資源をほぼ即座に動かしています。しかし、オフィスでの仕事やコンピューターの前での長時間作業は苦痛を生みます。彼女が描くビジネスマンは疲れた体に陶器の欠片を使って慰めを求めています。

ジュリア・ヴァレラによるMehr Fantasie(さらに空想を)、電子廃棄物とその環境への影響について問題提起しています。プラズマスクリーンやアイフォンなどのデジタル機器廃棄物を細かい塵にし、それをコンクリートや粘土のように固く均一な物質に変化させ、体の上にのせられるようにしています。この使われなくなった機器類現実を見るための仮想のレンズから物質、すなわち灰へと変換されています。この灰はギャラリーの中で彫刻として展示され、また、生物の体に組み合わされたビデオ作品となっています。

ガイア・フガッサ歌うカエルの湖三匹の豹(三位一体)展示しています。ゴム・チョーク・マニキュアから作られており、これらは物質としての性質だけではなく象徴としての意味からも考えられた素材です。このイメージは植物、動物、幾何学的な形、自然の要素を、人間と同等であり感情を分かち合うことができるものとして感覚的に写しています。アニミズムの考えと組み合わさった、種族間の、より強い関係への願望がここにはあります。彼女の作品は、遊牧性、植物、シャーマニズム、生殖、複合的な存在、実験や儀式、神性について考えさせられます。

視覚詩The Language of Flowersと映像作品The Tree Circusの中で、ラブ・エンクェストは暮らしの過程と生の状態について考察しています。アクセル・エランドンはスウェーデン出身のアメリカ人農家で、生前樹木を整形し続け、ついにはカリフォルニアにツリーサーカスを開きました。アクセルにとって生きた樹木を彫刻することは人生をかけたプロジェクトで、生け花の伝統に沿うものでした。彼の意図は、装飾的で幾何学的な形に育つよう、樹木を仕立てる実験を行うことでした。彼の死後何本かの木は生き延びて、カリフォルニア・ギルロイの庭園に移されましたが、多くの木は失われました。残されているのは口伝えの歴史、何枚かの写真と樹木です。(植物建築に興味を持つ建築家によって、保護されました。



[1]George Kubler,The Shape of Time, Remarks on the History of Things, (New Heaven: Yale University Press, 1970).

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